『柔道整復接骨医学』2010年(平成22年) Vol.18 No.3 日本柔道整復接骨医学会刊行

       徒手整復法の適応と限界 第5報

        上腕骨外顆骨折の一症例

                 小野寺 啓 1)、清野 充典 1)、池内 隆治 2)

                         1) 清野鍼灸整骨院 2) 明治国際医療大学柔道整復学科

【要約】

 柔道整復術は、運動器の外傷に対し保存的に治療する伝統的医術であり、骨折に関しては外科手術を必要としないものを対象とすることが多い。

 今回の上腕骨外顆骨折は、病院及び整形外科医院で外科手術を勧められたが、保存療法での治療を希望して来院した症例である。

 一般的に本骨折は関節内骨折となり初期転位が軽度であっても保存療法において3〜4週の外固定では十分な骨癒合が得られない。また骨片が90°以上回転して徒手整復困難となり、外科手術の適応となる場合が多い。さらに骨癒合不全の場合は、偽関節になり外反肘や変形性関節症、橈骨頭の脱臼を生じるなどのリスクが大きいため、外科手術を選択する機会が多くなる。

 本症例は、レントゲン像等により骨膜損傷と血腫が骨折間隙に形成されていると予想されたが、転位軽度であったため、固定期間中の再転位を起こさないということを確認した上で施術を行った。

 肘関節の拘縮予防を目的に、固定開始から3週の時点で自動運動を開始する必要があったため、外顆骨片に術者の手指を添え、肘関節を他動的に屈曲させた時に骨片の動揺がないことを確認した。

 今回は、固定肢位及び固定法を重要視し、骨片の動揺性をもとに骨折部の癒合状態を見極めることで、早期に運動を開始できたことが、関節拘縮を最小限にしながらも十分な骨癒合を得ることができた要因であると考える。

【はじめに】

 上腕骨外顆骨折は、骨片が90°以上回転して徒手整復困難となり外科手術の適応となる場合が多い1)2)。また転位の軽度な症例でも、固定期間中の筋の牽引による再転位を生じ、又固定期間中に関節拘縮が発生しやすいなど問題点があることから外科手術を第一の選択肢とする場合が多い3)4)。当院でも転位軽度な骨折についても再転位や拘縮の発生を経験しており、その予防や改善策の対応を迫られていた。

 今回の症例は、転位軽度であり、整復後の固定肢位や固定法の工夫により再転位を防ぐことが可能となった。また関節拘縮を回避するため、早期の可動域訓練を実施した結果、良好な成積が得られたので報告する。

【症例】

 患者  30歳 女性

 主訴  左肘関節周囲の痛み  左肘関節運動不可

 診断名 左上腕骨外顆骨折

 初診日 平成X年2月17日

 現病歴 :平成X年2月16日、自転車で走行中に急ブレーキをかけた際、前方へ放り出され左肘部を路面のアスファルトに強打した。直後より肘関節に痛みを覚え、肘関節の自動運動が困難となった。

 整形外科を受診しレントゲン撮影の結果、上腕骨外顆骨折と診断され外科手術を勧められた。仕事の都合上、入院を回避したいという理由で他院を受診するが、同様の診断を受け、いずれも外科手術を勧められた。保存療法による治療を希望し、受傷日翌日、当院に来院した。

 現症状 :左肘関節運動困難。左肘関節全体に自発痛、軸圧痛、限局性圧痛、肘関節全体に腫脹、肘部外側に皮下出血、熱感あり。

 レントゲン所見 :正面及び斜位像において、左上腕骨外顆を縦方向に貫通する骨折線が認められる。前腕両骨に、骨折は認めない(同意医師 宮西クリニック 大谷 哲士先生の診断による)(図1a,b)。

 肘関節周径 :患側 31cm 健側 28cm

【整復】

 座位にて整復を行う。患者の肢位は肘関節90°前腕回外位とし、助手は前腕を両手で把持し末梢牽引を行う(疼痛により上腕二頭筋が強固に収縮し整復時に肘関節を伸展位とするのが困難であった)。術者は、母指頭を骨折部に当て母指腹にて内上方へ直圧する(図2)。術者は直圧した際に骨折端が嵌入する感触を手指で確認した後、術者の母指を骨折部に当てたまま、患者の肘関節を80°屈曲位、前腕回外位とした。



【固定】

 固定肢位は、整復終了時の肢位とした(肘関節80°屈曲位、前腕回外位、肩関節30°屈曲位)。橈骨と上腕三頭筋により外顆骨片が安定5)し、転位の抑制を行うのが目的である。整復後、直圧した骨折部位に圧迫ゴム(4×4cm程度のもの)を当てて絆創膏で止め(図3)、伸縮テープにて肘部を螺旋状に固定した(図4)。その後、冷湿布を施し、スダレ副子を肘関節の側方より(上腕部遠位3分の1〜前腕部近位3分の1に肘関節を横切るように)あて、包帯を用いて骨折部の動揺を防いだ。さらに熱可塑性プラスチックキャスト(プライトン、ALCARE社製。以下プライトン)副子で骨折部を保護し、包帯による螺旋帯で上肢全体を覆い、上腕および前腕を体幹部へ固定した(図5、6)。肘関節の前面を開放した有窓固定とし、24時間患部の冷却を行った。

 4日後に、肩関節周囲に疼痛が出現したが、前腕部と肘関節の角度を変えずに、前方に突出した前腕を体幹部に戻して固定を継続した(図7)。固定後15日目では前腕回外位での骨折部動揺が消失した。骨癒合後の肘関節機能を考慮し前腕中間位に固定を変更した。固定後25日目に肘関節に拘縮がみられた(ROM肘関節伸展30°・屈曲80°)ためプライトン副子を除去し、患部の伸縮テープの量を減少させた。骨折部の動揺が無いことを触診にて確認後、肘関節に対して後療法(自動運動)を開始した。固定後91日には、肘関節、ROMに問題なく、レントゲン写真を読影した医師の判断にて治癒と判断した(図8a,b)

【考察】

 今回の症例は初診時の転位が少なかったが、固定後の骨片転位が予想されたために整復後の固定を重要視した。本症例のように骨幹端の骨膜が損傷されていると予想された場合は、血腫が関節包外へ漏出し骨片の安定性が悪くなるため、骨片の固定と固定肢位に十分に注意を払う必要があった。

 患部は、皮下溢血や腫脹が著明だったため過剰な圧迫を避ける目的から、弾力性のあるゴムを用い、整復時の母指腹と同じような圧迫圧で固定した。同時に固定肢位は、骨片の再転位を予防するため、整復終了時の肢位とした。整復終了時の肢位(肘関節80°屈曲位、前腕回外位)で固定することで橈骨と上腕三頭筋により外顆骨片の安定を図り、転位の抑制を行うものである。

 固定肢位における考え方として肘関節を軽度屈曲位とするもの2)、肘関節直角位とするもの6)があり、いずれも臨床上転位が多くみられると考えている。相田ら7)の肘関節を軽度屈曲位とする方法を参考にして、今回我々の固定を考案したが、この方法は骨片の固定を固定具に頼らずに、骨の位置や筋の張力によって転位を抑制できる方法であり有効ではないかと考えた。

 25日後、固定による関節拘縮の進行を防ぐため、患部の自動運動を開始した。自動運動は骨癒合が十分な状態で開始する必要があるが、その時期に関しては明瞭にされている報告は無い。今回、触診上の骨片の動揺性の有無から骨癒合状況を判断した上で、転位が起こらないと判断し自動運動を開始した。上記の判断基準に基づき、外顆骨片の外側に施術者の母指腹を当てた上で、肘関節の屈曲を慎重に行い、動揺性を生じさせることなく運動が可能であった。

 自動運動の際は、筋の張力により骨片転位が生じることを防ぐため、マジックベルト(カナケン社製)を用いて患部を固定した。

 以後、来院の都度、患部に対する後療法を重要視した。骨癒合進行の程度を見極め、患部の骨片動揺性をもとにした後療法開始の判断が、最終的な関節可動域の回復に影響を与えたものと考える。

【結論】

 専門書において、成人の上腕骨外顆骨折の治療法に関する記載が少ない。その為、保存療法が可能な症例であっても、外科手術へ移行されるケースが多いと考えられる。

 本症例は、通常外科手術が適応となる症例であったが、患者の強い希望により徒手整復術と外固定により治療を行い、良好な結果を得ることができた。

 今回の徒手整復術による方法で治癒に至ったことは患者の選択肢を広げる可能性を十分に含んでおり、保存療法の再検討につながるものと考える。

 このように、保存療法の症例を扱った臨床結果を集積することにより「徒手整復の適応と限界」がより明確になり、再現性の高い保存療法を確立することが可能となると考える。

【謝辞】

 本論文を作成するにあたり、レントゲン撮影をはじめ多大なるご協力を賜りました宮西クリニック院長大谷哲士先生に深謝申し上げます。

【引用文献】

1)冨士川恭輔,鳥巣岳彦編集:骨折・脱臼,第2版. 南山堂,東京,2005,327-354.

2)石井清一,平澤泰介監修:標準整形外科学,第8版.医学書院,東京,2003,638-639.

3)二ノ宮節夫,冨士川恭輔,越智隆弘,国文正一:今日の整形外科治療指針,第4版, 医学書院,東京,2002,323.

4)松下隆,竹内義亨訳:カラーアトラス骨折徒手整復術,南江堂,東京,2005,183-185.

5)越智淳三:解剖学アトラス,第1版,分光堂,東京,1984,153-165.

6)全国柔道整復学校協会・教科書委員会編:柔道整復学 理論編,南江堂,東京,2001,174-175.

7)相田直隆,田島明,伊藤貴,米津賀鶴雄,佐藤展之,他:小児上腕骨外顆骨折の保存的治療法,別冊整形外科NO26,肘関節外科,南江堂,東京,1994,53-38.